日本伝道隊 創立百周年記念大会宣言
「これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。」(ゼカリヤ4:6)
今から100年前、すなわち1903年(明治36年)、日本伝道隊は英国において生まれました。
神様は摂理のうちに、B・Fバックストン師、P・ウイルクス師をはじめとして、多くの宣教師を日本に派遣して下さいました。国内からも、救われた魂の中から、すぐれた指導者たちを起こして、福音宣教と教会建設に当たらせ、沢山の献身者を召し出して主の御業の為に用いてこられました。
過去の祝福と痛み。多くの聖徒達の祈りと捧げもの。救われた魂、働き人たちの愛と労苦。そして産み出された教会・団体等は、神の誉となることでしょう。主は福音を全日本に満たすため、私達に①未伝地伝道、②聖会の開催、③神学校経営を主なる事業として、今日まで働きを継続させてくださいました。
現在、130を超える教会を有するようになった日本イエス・キリスト教団初期の教会が産み出され、その他、福音派と呼ばれる諸教派に霊の流れが及んでおります。私達はこれら霊の遺産を皆さんと共に感謝し、全ての栄光を主に帰する者であります。しかし、あの大戦中、一部の先輩指導者を除き、大勢的には天皇を神とする思想に押し流され、唯一の神への忠誠が失われ、妥協の道を選び、近隣諸国の兄弟姉妹に多大の痛みと苦しみを与えたことを告白し、神の御前に悔い改めます。
現在の恵み。1999年英国JEB評議会は閉鎖し、そして、日本現地の財産及び、働きの指導権を全て、日本理事会に譲り渡すことを決定されました。現在日本伝道隊は、豊富な霊的遺産を受け継いで、戦後開拓伝道され、隊内に留まった15の教会が、宣教と教会形成、そして、神学校共同経営に励んでおります。聖徒達が伝えた福音の恵みに預かった私達が、今この素晴らしい会場に集まり、主を礼拝し、賛美と祈りを捧げ、主の恵みを分かち合い励まし合って、新しく聖霊により満たされましょう。
尚、英国に新しく設立された「ジャパン・クリスチャン・リンク」(JCL)は同じスピリットで、日本国内だけでなく、海外にいる日本人にも伝道する使命を果たそうとして励んでおります。
将来へのビジョン。時代は変わり、働き人も世代交代の時期を迎えています。しかし、変わらぬ聖書信仰に固く立ち、聖霊の導きに従い、百周年を機会に、宗教法人・日本伝道隊として新しく出発致します。
- 私達は、都会と地方とを問わず,全ての日本人に福音を述べ伝え,全ての地域に教会を設立します。
- 私達は、信徒、教職を問わず、聖潔の信仰に立ち、聖霊に満たされたキリストの弟子となり、働き人を育成し、福音を証詞します。
- 私達は、聖書を神の言葉と信じる人たちと共に、教派を問わず、聖霊の一致を守り、互いに徳を建て、秩序を保ちながら、世界宣教に協力します。
- 私達は、この信仰を、次の世代を担う青少年たちに伝え、21世紀の日本を造る人材を養成します。
私達は、キリストの愛に応えて福音宣教の為に献身し、主に仕えることをここに宣言します。
2003年11月3日
日本伝道隊 百周年記念大会
伝道隊の歴史

日本伝道隊の始まりは、明治23年(1890)に英国よりB.F.バックストン宣教師が来日し、島根県の松江に居を構えたところにまで遡ります。バックストンは、名家の生まれで、才に恵まれ、周りから将来を嘱望されていた人物でした。しかし、彼はの世の名声よりもキリストのしもべとして日本で宣教師となることを選びます。
1897年にバックストンの協力者としてパゼット・ウィルクス師が来日します。バックストンには、当初、新たな団体を形成するという意識はありませんでした。しかし、日本伝道隊結成のビジョンはまず、ウィルクスに与えられました。そのことについての彼の言葉を引用してみましょう。
「月日が経つにつれて、バックストン氏が英国に帰る時が来て、私も最初の休暇で、C. M. S.のこの宣教地を離れなければならないことを知った時に、おのずと導きを求めた。教会の現状と未伝地を見渡した時に、私の心中に雲のごとくに浮かんできたことは、御霊に満たされた日本人と『外国人』による一団の人々こそ何にもまして一番必要である。こうした人々は教会組織の色々な責任や関わりからは離れて、全教会に用いられ、積極果敢な伝道と聖書的な聖潔の布教を助けるために祈りと御言葉の御用に身を捧げるであろう。こうした団体(隊)を形成するのに私は祈りのうちに決心と信仰を固めた」
英国において、協力者を得て、1903年に日本伝道隊(JEB)が生まれました。そして、日本においても竹田俊造、三谷種吉、御牧碩太郎、ブレスウェイト夫人を評議員とし、パゼット・ウィルクスを現地主管として発足します。
神戸に伝道館が建設され、そこを中心に宣教が進められ、更には聖書学校も設立されていきました。

当初、日本伝道隊は伝道が中心で、教会を造らない団体でした。しかし、伝道の結果、群れが形成されていくとき、その群れを牧会し、教会として立ち上げていきたいと願う牧師たちが、やがて日本伝道隊から分かれて、「イエス・キリスト召団」、「復興教会」、「聖書教会」、「活水の群れ」等の教団を起こしていきます。そうした流れの中で、戦前・戦後の教会統合と再分化を経て、1951年に日本イエス・キリスト教団も誕生しました。
残された日本伝道隊の群れも、個々に教会が形成され、会堂建設がなされ、教団としての方向に向かって行くことになります。為替レートの変動や、英国での日本宣教への関心の薄れなどから、日本における日本伝道隊の働きを支えきることができなくなり、日本における日本伝道隊が自治・独立の方向に進むようにと、1995年に日本伝道隊のイギリス本部から「伝道隊UK」と「伝道隊JAPAN」に分割する案が提示されました。
1996年3月5日をもって旧日本伝道隊理事会は終了し、同年3月20日に日本伝道隊第5代理事長として高松隆二師が日本人として初めて選出されました。1999年に英国のJEBはJCL(ジャパン・クリスチャン・リンク)という新しい組織に生まれ変わり、日本のJEBは、英国から完全に独立することになりました。
2003年に日本伝道隊100周年記念会が淡路夢舞台の国際会議場で盛大に行われ、新生日本伝道隊が旗揚げされました。
